hagiharaのブログ

Kupotea njia ndiyo kujua njia.

デキの悪い職務経歴書をお見せしようではないか

先日うちの利用者さんと話をしていたとき、「僕も最初に書いた職務経歴書はヒドかったよ~」的な話になった。で、どんな内容だったかとか、本来は雇う企業側から見て自分を雇うメリットがどんなにあるかアピールしなきゃいけないこととか、そんなことを話したりしてたんだけど、今日は就活の解禁日だなと。だったらその「デキの悪い職務経歴書」を見せることにも意味あるのかなと。これ書きながら「いや、新卒って職務経歴書書かないから意味なくない?」とも思ったんだけど、せっかくなんで載せてみようかなと。本当に載せていいのか、恥ずかしすぎて死なないか、若干心配だけれども。

というわけで2017年4月18日付けの、某企業の学生のUターン就職系のキャリアコンサルタント(たぶん。あんまもう覚えてない。調べればメモはあるはずだけど)に応募した、僕の初めての職務経歴書

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画像だと見にくい人がいるかもなので、フォーマットは崩れるけど引用の形式でテキストでも貼っておきます。

■志望動機
 約20年続けた会社経営を退くにあたり、実家に戻って、自分のやりたいことを見つめ直しました。そして私は前に進めないでいる人を応援したいこと、特に自分のチャンスを活かせないでいる若い人を応援したいということがわかりました。そのためカウンセラーの資格を取ろうと思い、産業カウンセラーの資格を取得し、メンタルケア・スペシャリストの養成講座にも通いました。
 資格取得後も研鑽を重ね、心理療法に関しては来談者中心療法、フォーカシング、ゲシュタルトセラピー、ロゴセラピー、ナラティヴセラピー、現実療法、交流分析、リフレクティング、オープンダイアローグ、多元的アプローチ、そして各心理療法の比較などについて読書して学びました。
 また、若者向けの就活本や、「よりみちパン!セ」や「ちくまプリマー新書」などの中高生向けの書籍を読んだり、SNS等で若者と交流をしたりしています。
 今回、貴社のキャリアカウンセリング業務への求人を知り、ぜひ若い人の背中を押すお手伝いをさせて頂きたい、そして年齢のわりに若い人との交流を持てているという特性を活かしたい、と思いました。地方出身者として、また現在地方に住んでいるものとして、地方に若者が増えることでの活性化には関心があります。地方にずっと住んでいる人、一旦離れて戻ってくる人、それぞれ必要だと考えます。
 いままでいろいろな経験をしたことの中からお役に立てることが必ずあると思います。その経験をもとに貴社の事業に貢献させていただきたいと思い、応募させていただきました。

■職務経歴
1993年4月~1996年10月 株式会社アスキー ログインソフト編集部、TECH Win編集部
(会社概要) コンピュータ雑誌の出版など 従業員数約800名(編集部は約30名)
(職務内容) 原稿執筆、編集、管理(原稿チェック等)、プログラム、作曲、など
1997年1月~現在 有限会社プラスワンデジタル 代表取締役社長
(会社概要) Webサイトの企画運営、バックエンドのプログラミング、など 従業員3名
(職務内容) 企画、営業、人事、プログラミング、データベース構築、セキュリティ、など

■職務以外の活動
音楽活動
バンド活動や個人での活動をやっていました。バンドではリーダーを務め、漫画家のしりあがり寿さんなど、忙しいメンバーの調整役もやっていました。個人活動としては主に現代音楽の作曲を行い、その独自の視点が注目されテレビ朝日の「タモリ倶楽部」にも出演したことがあります。
オープンソース活動
Linuxディストリビューションのひとつ、Gentoo Linuxの日本ユーザーグループの設立に関わり、主にドキュメントの翻訳活動を行っていました。一時期、日本の翻訳チームのリーダーを務め、いろんな場所に住みいろんな年齢の人が書く日本語訳の、チェック係をやっていたこともあります。
ボランティア
NPO法人ブリッジフォースマイルが行う「カナエール」というプログラムに参加し、児童養護施設出身者にとっては金銭的にもロールモデル的にも「困難」が伴う大学進学や就職に関して、メンターとして学生を支えました。また、子ども食堂のボランティアにも参加予定です。
若者との交流
ネット友達の若者に自分の会社のアルバイトをやってもらい、その子の友達とも友達になり、またその友達とも、という形で交流が広がり、美術館や脱出ゲーム、モスク見学や坐禅、それから裁判の傍聴など、面白い体験に連れて行ったりしていました。現在もSNSを中心に、「通りすがりのおじさん」という立場で、恋愛の話を聞いたり、勉強の悩みを聞いたり、摂食障害の話を聞いたりしています。交流とは違いますが、大学で特別講師として講義をした経験もあります。

どうですかこの読み終わったあとの「で?」感。自己紹介なんだか何かを自慢したいんだか意味がまったく不明だ。

まず、最初に暗い話してんじゃねえよと。あとお前がどう思って資格取ったかなんかどうでもいいと。それを雇う側がどう使えるかを書けよと。

そのあとにいろんなカウンセリング手法を勉強したことを書いてるけどお前はママに保育園で起こったことを話したい幼児かと。そんなイチイチ挙げても知らんがなと。それはあとの方で音楽活動のところでしりあがり寿さんの名前とかタモリ倶楽部の話を書いてるところとか、最後に書いてる大学で特別講師をした話にも通じるよね。だから何なんだと。飲み屋で話を聞いてる分には、興味ある人にとっては多少面白いかもしれないけれど、だからそれが雇う企業にとって何の役に立つのと。だいたいカウンセリング手法も、勉強したのを並べてるだけで、それに関連する資格とか持ってるわけでも何でもないもんね。だとすると逆に、たくさん並べることで焦点ボケちゃうし、この人闇雲にやろうとしてるだけかなってなっちゃう。まあ言い訳すると、最初に書いたやつだから、何書いたらいいかわかんなかったってのはあるんだけど。

うっすら、雇う側へのメリットと関係しそうなのは、産業カウンセラーの資格を持ってることと若い人と交流をしてることだけど、それについても最後の方で脱出ゲームに行ったモスクに行ったと、行った場所を羅列してどうする。

こんなのを読まされた採用担当の人に申し訳ない気持ちでいっぱいだ(というのは嘘で、こういうのを読むのも仕事のうちだと思うのでつらいでしょうががんばってください)。

その後、間に10枚ちょいの書き直し(つまり書類落ち)を経て、いまの職場に受かったときのがこちら。2017年6月3日付けのもの。就職なんてマッチングだし、これが正解の職務経歴書だとか言うつもりは1ミリも1ナノメートルも1オングストロームもないんだけど、興味があって読み続けてくれてる優しいハートの持ち主のあなたは、両者の違いを堪能してみてください。

一応、誤解されないとは思うけど、されたら嫌なんで書いておくと、児童養護施設出身だと犯罪者になるとか、サポステに来るようなヤツは放っておくとそうなる予備軍とか、そういうようなことは一切書いていないので。

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■志望動機
 若者が笑顔になれる社会をつくるお手伝いをしたく、貴団体で「ユースコーディネーター」として働かせていただきたいと思いました。私は笑顔が好きです。自分が笑顔になることも人が笑顔になることも好きですが、やはり未来を担う若者が笑顔になっているのを見るのが一番好きです。
 私は学生のころ、弁護士を目指していました。冤罪について学ぶうちに方針転換しましたが、そのこともあり何度か裁判の傍聴を見に行ったことがあります。そのとき、複数の被告人に共通した特徴があることに気付きました。それは、「若いころにチャンスを奪われていることが多い」ということです。まさに「希望格差」が最悪の形で現れていました。また、児童養護施設関連のボランティアでは、施設出身者の大学進学率が、全国平均75%に対し20%と、極端に低いことも知りました。もちろん、過酷な境遇の中で立派に自分の道を切り拓く人もいます。しかし、一度逆境の中に入り込んでしまうと、なかなか抜け出す勇気が持てないのも事実だと思います。そういう人たちが社会参加できないのは、その人にとってはもちろん、世の中全体にとって、とても大きな損失です。
 若い人に希望をなくさせたくない、つらさに向きあってようやく次のステップへと進むきっかけを持てた若い人の力になりたい、そう思います。貴団体で若者に寄り添い、社会投資のお手伝いをしたいです。
 私は先日まで会社を経営していました。会社を人に譲ることを決心したあと、自分が本当にやりたいことは何なのか考え、若い人の応援をしたいということがわかりました。そして、実習の多さなどの理由に産業カウンセラーの資格を取りました。そのため、なかなか思うようなキャリアを持てず自己肯定感が低くなってしまった若者たちに、ときにはメンタル面から寄り添い、ときには労働や組織関連の知識を元に助言し、力になることができると思います。企業での経験も20年以上あり、また起業をした経験もありますので、いろいろな視点からの支援ができると思います。
 異業種からの転身ですが、いままでの経験を活かし頑張ります。よろしくお願いします。

■職務経歴
平成5年4月~1996年10月 株式会社アスキー ログインソフト編集部、TECH Win編集部
(会社概要) コンピュータ雑誌の出版など 従業員数約800名(編集部は約30名)
(職務内容) 原稿執筆、編集、管理(原稿チェック等)、プログラム、作曲、など
平成9年1月~平成29年5月 有限会社プラスワンデジタル 代表取締役社長
(会社概要) Webサイトの企画運営、バックエンドのプログラミング、など 従業員3名
(職務内容) 企画、営業、人事、プログラミング、データベース構築、セキュリティ、など

■自己PR
人付き合いが好きです
編集者として作家さんやデザイナーさんたちとのやりとりをしたり、小さい会社の社長として社員はもちろんいろいろな会社の様々な立場の人とやりとりをしてきました。そのため、いろいろな人とのコミュニケーションには自信があります。また、SNSでの付き合いも多く、ネットで知り合って実際に会ったのは100人を超えます。訪れるいろいろな若者とのかかわりの中でこの能力を活かします。
若者と多く接しています
上にも書いたネットでの付き合いの中で、実は半数以上を占めているのが若者との付き合いです。もともと若い人と話すのは刺激があって好きだったのですが、ネットでの若い友達ができるうちに、その友達の友達という風につながっていき、いろいろな若者と、悩み相談を含め話をするようになりました。日常的に若者と同じ目線で話をしている経験を活かして、若者たちを支援します。
臨機応変です
社長をした経験や、編集者時代に編集長のような立場になったことがある経験、プライベートでのバンド活動でリーダーをした経験などを活かし、自分で考えて動くことで組織のお役に立てます。

さっきの「はじめての職務経歴書」との違いを少し書いてみると、まず、最初にどう役に立ちたいかが書いてある。それから、そう思うように至った理由や背景、そしてどう役に立てるかについても、簡潔に具体的に書いてある。まあ、出せる弾は変わらないから、実質、できることは変わらない訳だけど、最初のが「年齢のわりに若い人との交流を持てているという特性を活かしたい」とか「いままでいろいろな経験をしたことの中からお役に立てることが必ずある」というボヤっとした話を書いてるのに対して、こちらは「産業カウンセラーの資格」があるから「メンタル面」での寄り添いや「労働や組織関連の知識」で役に立てることと、「企業での経験も20年以上」や「起業をした経験」という部分で「いろいろな視点からの支援ができる」ことをアピールしてる。

若い人と交流してる話にしても、余分な「○○に行きました」系の話は省き、日常的に話をしている経験が活かせることに絞って書いている。

バンド活動に至ってはしりあがり寿さんやタモリ倶楽部の話は削ってしまい、音楽面の話もなしにして(音楽関係の仕事をする訳じゃないから当たり前)、その活動での経験をもとに、組織で自律的に動けるアピールという風に形を変えている。これは「社長やってた人が雇われる立場になれるの?」対策でもある。

ちなみに「編集長のような立場」というのはアスキーにいたときに作った『えでゅ』や『TECH Mac』を念頭に置いて書いたもの。前者はわりと実質的にいろんなことを任されてた。エデュテイメントって言葉がわかる人ももう死に絶えたかもしれないけど、まあ、言うたら子供向けアプリのはしりのはしりのはしりみたいなもの。後者は雑誌作ってる最中に編集長がアメリカ行っちゃって、キャッチコピーだけが書かれたまっさらなレイアウト用紙の特集だけが残っていった。だから「編集長のような立場」と書いた訳だけど、僕の過去を知るあなたが「お前デスク止まりだったやんけ」とか言いませんように。

あとは地味に、西暦から元号に変えてるのもミソですね。「元号で書かなきゃいけないとか右翼かボケ!」とか思ってたけど転向しました。

細かいところでは、「社会投資」とか、応募先がサイトとかで使ってるキーワードを盛り込んでるのもポイントかな。

以上、何かの参考になれば幸いです。ご笑覧ください。